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2006年9月30日 (土)

グリーンビレッジ豊玉-#44 不思議ランプ物語

Dm44001 デンジマンの劇中では、メンバーの住まいとして、#02,12のあきら、#33の黄山に続いて、#44で青梅のマンションが登場する。#33の黄山のアパートは東洋自動車興業(東京都練馬区南大泉5)近くの設定らしいが、アパート外観は登場しない(部屋はセットと思われる)。青梅のマンションはブログ開設当初から探したい場所の一つだったが、このロケ地も手掛かりはゼロに近く、難易度が高かった(高すぎた)。高島平~練馬~新宿と予想される範囲は広がる一方で、皆目検討がつかなかない。しかしこんな時こそ初心に返るのが大切と思い、“ロケ地の法則”に従って#44冒頭で青梅がアンパンを食べながら歩いていた練馬駅前のおとり様商店会周辺を再チェックしてみた。
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Dm44004 すると、青梅が歩いていた地点から南へ700m程行った豊玉南3の庚申通りと環七通りの交差点付近に、青梅がランプを持って歩いていたところと思しき“物件”を発見。早速、Google Earthで見てみると、この物件の南方-交差点をはさんで青梅のマンションらしきものを見つけた。ここまでデータが揃えば現地へ行って確かめるしかない。

Dm44003 写真はアスレチッククラブで恥をかいた青梅がランプを片手にとぼとぼ歩いていた場所-東京都住宅供給公社の豊玉南住宅の前の通り(庚申通り)だった。環七通りの陸橋から撮影されている。そして問題の青梅のマンションはグリーンビレッジ豊玉(東京都練馬区豊玉南2)と判明。昭和49年(1974)建設の13F建ての高層マンションだった。
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Dm44002 あきらと緑川が屋上から青梅の部屋を見張っていたのは豊玉南住宅の南端の屋上。ここからは新宿副都心の高層ビル群が一望できる。映像では太陽光の加減で新宿方面は見えないが、#44で青梅がアラジンちゃん(アラジンラーの人間体)の空飛ぶ絨毯に乗って西新宿を遊覧飛行しているのも現地に立つと肯ける。

このマンション-ネットで調べてみると「のーぶら 1 (1) 」(川津健二郎著, 秋田書店, 2002)というマンガのロケ地(正確には作画モデル場所)にもなっていた。それにしても青梅、元サーカス団員のはずなのに高級分譲マンションに住んでいる。アスレチッククラブはそんなに給料がいいのか?これじゃあ#23で若松に嫌われるわけだ(笑)。

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2006年9月24日 (日)

いろは親水公園付近-#20 ゴリラ少年大暴れ

Dm20001 千恵子巡査の乗ったパトカーが茂少年の怪力で土手から落とされ、川に突っ込んだところ。このシーンも手掛かりとなる情報が少ないロケ地だった。映像からは、①荒川や多摩川ほどは大きくないが、そこそこ広い河原がある、②どうも二つの川の合流点らしい、③土手付近まで住宅が見えるので市街地に近い場所かな? とこの程度しかわからない。これではここから先は“勘と経験”しかない。この回のロケ地は新宿中央公園や石神井公園、それから高島平の荒川土手なので、まずはデンジマンの定番ロケ地である「新河岸川沿い」に地図をたどってみた…… すると和光市から志木市の間で新河岸川が二股に分かれる地点が2ヶ所あった。朝霞市根岸は周辺が水田のようなので③の条件と合わず除外、志木市役所に近い新河岸川と柳瀬川の合流地点(埼玉県志木市中宗岡1)が残された。はたして半信半疑のまま現地を訪れたが、いろは橋を渡るとすぐに探していた土手と河原が現れてきた。
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Dm20002 パトカーが突っ込んだ場所は、現在は草が生い茂り川岸には近づけなかった。この河原には車が降りられるスロープがあり、訪れた日も家族づれがアウトドアを楽しんでいた。当時の映像にも遠くに赤い橋のようなものがみえるが、これは「富士下橋」という人道橋であることがわかった。いろは橋から富士下橋にかけての両岸は、この辺りでは有名な桜の名所らしく、夜桜見物のための提灯や屋台まで出るという。

Dm20003 江戸時代、新河岸川には江戸~川越間を結ぶ舟運が発達し、川の沿岸には数多くの河岸場(荷揚げ場)が設けられていた。新河岸川と柳瀬川の合流地点に設けられた「引又河岸」という河岸場はその中でも特に栄えていたようで、今回のロケ地周辺は志木市のルーツとも言える場所。河岸場の名残はいろは親水公園に移築・保存されている土蔵作りの店蔵「旧村山快哉堂」に忍ばれる。写真は茂が土手上で威張っているシーン。土手上の樹も後ろの家も当時のまま。

最近、川越市の水田でオットセイが捕獲された。新河岸川の下流は隅田川から東京湾につながっているが、途中水路のようなところもあり、ちょっと信じられないニュース。オットセイくんは下流から60kmも旅をしてきたことになる。

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2006年9月16日 (土)

新河岸川処理センター-#22 超時間ふしぎ体験

Dm22cl #22で、緑川が記憶喪失を装ったまま潜入したベーダーのアジト-(財)埼玉県下水道公社の新河岸川処理センター(埼玉県和光市新倉)のポンプ棟と判明。白い建物の前で緑川がギターの弾き語りをしていたのが印象的なシーンだったが、このロケ地も難易度が高かった。映像によると、①大きな川の近く、②鉄塔とかなり広い工事現場、③そしてちょっと変わった形の白い建物…… 大きな川は荒川と想定して沿線を探ってみると、東京外環道に隣接して下水道の処理場があった。しかしこれだけでは情報不足、公共の施設内だと中には入れず、確認できないおそれもあった。

Dm22003 得意の古い住宅地図で調べてみると、東京外環道は80年代初頭ではまだ姿かたちもなく、新河岸川処理センターも建設中。ただし施設内の建物の描写はかなりラフで判別できない。そこで新兵器「Google Earth」で見てみたところ… 2つの八角形の上に乗った姿をはっきりと確認することができた。この建物は沈砂池(外環道の西側にある)と呼ばれるところで砂やゴミを取り除かれた下水を一旦汲み上げて、処理場内の3つの池に送り込むポンプ棟だった。この建物は「宇宙刑事ギャバン」(1981年、テレビ朝日)#01のマクー地下基地内のシーンでも使われおり、発電所のような大きな機械などが映っている。おそらく建設中の建物内でも撮影が行われたのだろう(1981年5月には処理センターは稼働を始めているので、ギャバンの撮影が最後と思われる)。

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Dm22002 写真は処理センター北側の荒川土手から撮影したもの。写真右手は東京外環道、白いポンプ棟は周辺の建物に囲まれながら中央に小さく写っている。この処理センターでは荒川右岸-新河岸川流域を中心とした北は吉見町から西は入間市、南は和光市までの10市3町の下水を処理している。

Dm22004 #22ラストでデンジマンたちが走ってくるシーン。処理センター北側の新河岸川と荒川の間の土手と思われる。当時の映像には外環道はもちろん映っていない。

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緑川がギターの弾き語りで歌っていたのは「ひとりぼっちの青春」。哀愁のあるいい曲なんだけど、「森に住むひとりぼっちの熊のように…海に住むひとりぼっちのトドのようにおれは旅にでることにしたよ」って、歌詞がちょっと変? 〈ANIMEX 1200シリーズ〉 (40) 電子戦隊デンジマン テーマ音楽集 (限定盤) のCDに収録されている。

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2006年9月15日 (金)

新ブログで再開しました!!

「デンジマンの東京」は、2005年7月23日の更新を最後に休止状態となっていましたが、このたびココログに引っ越し、再スタートすることになりました。旧ブログ(Doblog)から新ブログ(ココログ)へのデータの引っ越し作業はまだ完了してませんが、徐々に進めていく予定です。
今までの旧ブログ(Doblog)のほうも記事を消すわけではなく、当分の間はそのままの状態にしておきますので、閲覧は可能です。
下記URLにて旧ブログは公開しています。

旧ブログアドレス
http://www.doblog.com/weblog/myblog/14671

新たなるロケ地探索とコラム記事でデンジマンの魅力に迫っていきますので、ご期待ください。更新は週一ぐらいのスローペースになりますが、ご了承ください。

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